2013年7月16日火曜日

【Spin off= M@o】 Body pillow 

















「今日はどうもありがとう」




「ううん、先生元気そうで安心しちゃった」

「ねー」

「交通事故だっていうから、ホントみんな心配してたんだよー」

「あはは、君たちに心配かけるだなんて。先生失格だよ」

「そんなことないよ」

「そうそう。事故ならしかたないもん」


「ホント災難だよねー
「歩道歩いてたらいきなり車がぶつかってきたんでしょー?命が無事だっただけでもホントよかったよ」


「・・・・」




「___さあ、君たち。そろそろ面接時間終わりだよ」

「えー。もう?」


「ね。せんせい、あたしたちまたくるから」

「うん。なにか欲しい物あったら何でも言ってね」

「ありがとう。君たちの顔をみているだけでほっとするよ」


「もーせんせいったらぁー」





「じゃ、またねー」









「はぁ・・・・」









「人気者じゃん、センセ」





「っ・・・・!き、きみは・・・・っ」




「何をしに来たんだ・・・こんなところに」

「あ?見舞いにきまってんだろ?み・ま・い」

「な・・・見舞い、だって・・・・?誰のせいでこんなに所にいると思っているんだ」


「は?自業自得だろ?」

「・・・なんだって?」




「あんた、俺をレイプしようとしたじゃねぇか」




「そんな・・・・!あれは・・・合意の上だったじゃないか!

「はぁ?合意?俺が嫌っつったらそれはもうレイプなんだよ。この強姦野郎が!」
「・・・・出るとこ出てもいいんだぞ?」


「・・・っ!」




「そんなの___世間に通じると思うのかい?
「証拠もなにもないじゃないか」




「・・・・」


「ははっ、あんたって___相当おめでてぇなァ
「____脳みそに草でも生えてんじゃねぇの?」


「なっ・・・・・」




「俺さァ____
「あんたの部屋に入るとき___スマホで音声録音してたんだよね

「なんかあったら困ると思って」


「・・・・・!!」


「ぜーんぶ入ってるぜェ?あんたが言ったこと、やったこと、ぜんぶ・・・・な
「コレをさっきの女どもに聞かせたら・・・なんて言うかなァ?ははっ」


「なァ___あんたの気持ちわりぃ趣味、みんなに聞かせてやろうぜ?」




「そんなの・・・はったりだろう?
「それに、そんなものが出回ったら君だって困るじゃないか!

「なんてったって、君は俺を殴って傷を負わせた傷害事件の犯人なんだからね・・・・」




「あんた・・・・ホント脳ミソ弱いのな。
「____編集してあるに決まってるだろ?」

「・・・・!」


「あんたに有利な証拠なんて持ってくるわけねぇだろうが滓が
「てめぇは最っ初から俺にハメられてんだよォ」


「そんな・・・・」




「・・・・・・た・・・・頼む、秘密にしていてくれないか・・・・・?」

「今の立場でそんなことがばれてしまったら・・・・
「俺はおしまいだ!もう、生きていけない・・・・っ」

「頼むよ・・・・・・・お願いだっ・・・」






「じゃあ____あんた、俺の下僕になれよ



「え・・・・?」


「俺の言うことを何でもきく、奴隷になれ」

「な、・・・・・・・そ、そんな・・・・・っ」

「嫌なのか?
「それならしょうがないな。この話はなかったってことで


「でも、ホントにいいのかなー?

「俺さぁ、うっかりサンだからさぁ
「手が滑って『誤って』ネット上に流出、なんてしちゃうかもしれないけど」

「あんたは嫌なんだもんな。俺の言うことを聞くの」




「っ・・・・うぅっ・・・・・」







「なる、・・・・なるから・・・・っ」

「あ?」




「なるよ、・・・君の、・・・・下僕に・・・・
「だから・・・頼む、黙っていてくれないか」










「『下僕にしてください。お願いします』だろうが。このキモ豚が」




















「つまらねぇな___」




「つまらない、とは何がですか?」

「・・・あのクソ強姦野郎だよ。」

アイリスが淹れた妙に味の薄いコーヒーを一口飲むと
俺はため息をついた

俺をあんな目に遭わせた糞野郎を叩き潰すには社会的制裁なんて生ぬるい。
だから、このマオ様直々に断罪してやろうと__意気揚々と病室まで向かったところまではよかったものの・・・・

あの男は俺が思ったより、はるかに容易く俺の要望を受け入れ
下僕になる契約を承諾してしまった

そのあっさりとしたこと。

「ちょっと脅しただけなのにすぐ条件を飲みやがって・・・・ちっとも面白みがねぇ」

「陛下はあの方に面白さを求めているのですか?」



「___だって、面白れぇじゃねぇか




「Sっ気のある男を逆に屈服させて___思い通りにするだなんて。
「考えただけでも燃えてきちまう

「・・・なのに、あいつときたら・・・ありもしない証拠にビクビク震えちゃって__チワワかよ」
「とんだ期待外れだぜ」


まぁ、面倒なことにならなくてよかった、としておくべきなのだろうか





『証拠』なんて、そんなものあるわけがない

だからでっちあげた

偽の証拠であの男を脅して、下僕になるよう持ちかける
あいつは俺を恐れて、被害届なんて出さないだろうし___
俺はいつでもあいつより上の立場に立つことができる

脅される前に脅してしまえばいいのだ


・・・・ゴネられることもなく、スムーズに事を運ぶことができた
つまらなくても、これはこれでよかったのだろう



「____ところで陛下

「今夜のディナーはどうしますか?
「スケジュール上ではこれからお出かけになるご予定でしたが」


「・・・・今日はもうどこにも行く気ねぇや」




「クラブとか行くのも・・・・もう、ダルいし」






「・・・・そうですか。


「では、俺がご用意いたしましょう。何か食べたいものはありますか?」

















「_____なんだこれは?」





「リゾットです」




「どこをどう見たらリゾットになるんだ・・・?」

「正確には、リゾットを作ろうとして失敗したので、急遽つくりかえt・・・・」

「うるせぇ!てめぇ、ふざけんなよ!
「俺はリゾットが食いたいって言ったんだ!俺の腹はもうリゾットの腹なんだよ!!

「てか、なんでパンケーキなんだ!
「あんたもしかして、これしか作れねぇとか言うんじゃねぇよな」




「ラーメンも作れます」

「あんなのインスタントじゃねーか!」


「・・・・すみません。レシピを見ながらやってみたのですが
「どうしてもミイラのようにしかならなかったので___お出しできませんでした。」

「・・・・」

・・・・水分の多いリゾットがどうやったらそうなるんだよ・・・・・
というか、ミイラのようにって。一体どんな状態だ・・・・



アイリスは秘書として使うぶんにはなかなかに優秀だった。

ハスキーピングのようなことをさせればピカイチだったし
書類やスケジュールの整理、管理もしっかりとやってくれる。
時間に正確で、細かい配慮だってできる

しかし___と、いうかやはりというか・・・・料理の才能はてんでないようだ




「はぁ・・・・料理はもうあんたに頼まねぇよ
「ミイラ料理なんて喰わされたらたまったもんじゃねぇからな」

「そんな」

「だって、そうだろう?そんなんじゃ俺が作った方がよっぽど上手ぇだろうし」

「陛下も料理をされるのですか?」

「は・・・・?あ、ああ、」

食事のほとんどすべてを外食かケータリングにまかせていて
一度も包丁を握ったことがない俺だったが

ここで「今まで料理なんてしたことない」なんて誰が言えるだろう
俺はほとんど反射的に嘘をついてしまっていた。


「そうなんですか」


だが、それがまずかった




「では、俺に料理を教えてください」

あろうことかアイリスは俺に料理の講師役を求めたのだ



「あ?!なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇんだよ!」

料理を教えろだと?
そんなの、できるわけないだろ!___とは口が裂けても言えない

「そんなめんどくせぇこと、誰がやるかよ」

「いいじゃないですか。お願いします」

「嫌だ」

「お願いします。教えてください」



「陛下好みの味を覚えたいのです」


「んなもん、適当に察しろよ!」

「教えていただかないとわかりません」

「適当に料理教室でも通えばいいだろ!」

「陛下から教わりたいのです」




「んなこと知るかよ!」

「ほんの少しでいいのです。お時間は取らせません」

「なんで俺が・・・!」

「お願いします。教えてください」

「嫌だ!」


「なぜです?」




「____もしかして、陛下も料理があまり得意ではないんですか?

「俺たち、仲間ですね」







「_____は?!

「そんなわけないだろ!!」





















(・・・・・どうして俺がこんなこと・・・・)


奴隷ごときと同レベルに思われることが
俺にはどうしても我慢できず____お手本を見せることになってしまった

まったく・・・・
面倒なことだ

食事なんて金を出せば美味いものがいくらでも手に入るというのに
何故わざわざこんなことをしなければならない
というか、何故こんなことになってしまったのだろう・・・・

でも、「やっぱやめた」なんて、死んでも言う気はなかった

料理なんてやったことなくても
俺は完璧にリゾットを作り上げなければならないのだ


いままで勉強だってスポーツだって
大抵のことはなんだってできた

このマオ様にできないことなんて、あってはならないのだから







「よし」




できあがったリゾットを美しく盛り付け、食卓へ運ぶ。

ふと目をやるとアイリスが図々しくも席に座って待っていたが
そんなことには目をつぶってやる

初めてリゾットを作ったのにもかかわらず、あまりにも美味しそうにできていたので
俺は上機嫌だった。


「完璧だな」

「いい匂いがします」

「だろ?まァ、俺にかかればこんなもんかな
「ほら、さっさと食え。そんで、出来の違いに感涙しろ」

「いただきます」









あれ・・・・・?





「これ・・・・」

一口食べてみてすぐに、味の決め手であるコンソメを入れ忘れていたことに気付いた
これでは味が薄いなんてものじゃない。ただのライスだ

米も固すぎてパサパサ。なのに野菜はぐちゅぐちゅで気持ち悪い
ケアレスミスのオンパレードだ


こんなのもの、食えたもんじゃない





「・・・・・っ」


「おい、皿、寄越せ。作り直す」

そう切り出すのはとても屈辱的だったが、こんなものが俺の実力だと思われる方が腹が立つ
俺はもっと、上手くできるのに

そうだ。俺の実力はこんなもんじゃない。
さっきのは・・・ただちょっと手元が狂っただけだ。次こそは上手く作れるに違いない

だからさっさと新しい物を作りたいのに
アイリスは皿を取り上げようとする俺の手から、皿をかばうようにしてそれを拒んだ

「おいっ!寄越せって言ってんだろ!」

「いえ。できません」

「はぁ・・・?どういう意味だよ!?」

「その・・・・すみません・・・・・・・・・・あ、もういいですよ」




「ごちそうさまでした」




「は・・・・?」


「はぁ、おいしかったです
「あ、もう一杯いただいても?」

「あ、ああ・・・」




「ありがとうございます」


そう言うとアイリスは自分の皿にそのリゾットもどきを大盛りに取り分け、
忙しなくフォークを動かし始めた







「・・・・」


なんのポーズだ

これは?



カチャカチャと食器が鳴る音を聞きながら俺は自嘲気味に嗤った


「ご機嫌取りのつもりか?
「旨くもなんともねぇ料理、全部たいらげてみせて」

「それで俺が喜ぶとでも思ってんのか?」




「なぁ、あんた悲しくなんねぇのかよ。
「主人のために自分を殺して。俺の満足感を満たすためだけの存在でいて。

「自分の意見を持たない今のあんたは人間ですらねぇぞ?」





「・・・気を使ってくださっているのですか?」


「はぁ!?」

「俺が我慢して食べているのではないか気にしてくださっているのでしょう」

「なんでそうなんだよっ・・・・!」

「心配しなくても、俺は幸福ですよ。
「陛下が作った料理をこうして、一緒に食べることを許されたのですから」

「赦してねぇっ!あんたが勝手に・・・・・くそ!生意気だぞ!奴隷のくせに!」

「陛下は俺のことを奴隷だと言いますが___
「貴方の意のままにされることが至上の喜びだと感じる者もいるのですよ」

「はぁ・・・・?何だそれ。気持ちわりぃ!このリゾットより気持ちわりぃな」

「そうでしょうか?」




「俺は味音痴なので味の機微などはわかりませんが、このリゾット、好きです

「もっともっと食べたい。」


「きっと、陛下が作ってくださったからですね。ありがとうございます」





「・・・・っ

「_____別に・・・」







「好きだ」と言ったアイリスの瞳は、とても嬉しそうに細められていて・・・
その瞳の優しさと好意に

俺はどうしていいかわからず、目を伏せてしまった


ばかじゃねぇの。こいつ

こんなクソまずいモンたくさん食っておべっか使ったって
俺はあんたなんかハナっから信じてねぇ。信じるつもりもねぇ

だから、あんたの行為も全部無駄なのに

バッカみてぇ





あの時のことだって
あの時の言葉だって

全部全部、嘘に決まってる

俺が弱っている時にやさしく手をのばして受け止めてやれば
瓦解するだろう、心を開くだろうという安っぽい魂胆。

演技と演出に彩られた偽り。





バッカみてぇ_____



















さっとシャワーで汗を流してから、階下へ降りると
何の用があるのだろうか。まだ下僕がその辺をウロウロとしていた

もうだいたいの用事は終えたはずだろうに
何故ここにいるのだろうか




「・・・・おい。あんたいつまでここにいるんだ?」




「何か他に御用がないかと思いまして」


「もう無い。帰れ」

「そうですか。ところで、陛下。まだ寝ないのですか?」

「・・・あんたがいるから寝られねぇんだよ!」

「そうですか。
「__ところで陛下、今日はいつもより冷えますので、もう少しあたたかい恰好をされては?」

「てめぇに指図されるいわれはねぇっつーの!」

「そうですか。すみません」




なんなんだ、こいつ・・・・・!

今日はいつもよりやたらと話しかけてくる気がする
しかも、どことなく嬉しそうに、楽しそうに俺の瞳をじっと見つめてくるのだから
わけがわからない。

その親しげな視線に戸惑いを覚えてしまう

そして、そんなことに戸惑ってしまう自分が___たまらなく苛つく





「・・・・・いちいちかまってらんねぇ。」


俺はまだ何か話したそうにしているあいつの視線をすっとかわし、
その場を通り過ぎようとしたが_____





「・・・眠れなくてお悩みなのでしたら、ハーブティでも淹れましょうか」




「・・・っ!

「あんた___何故、それを・・・・・!」


思いもよらない言葉を背中に投げかけられて、はっと振り返る
何故あんたがそのことを知っている

誰にも言っていないことだった

俺が____不眠症を患っていることなど


「当たりでしたか」

「は?」


「勘を働かせてみました。
「・・・・毎日シーツを替えているのに、使ってらっしゃる形跡がありませんでしたので」




「鎌かけやがったな・・・姑息なことしやがって!」


「すみません」




ベッドにもぐりこんで眠ろうと思うと、暗闇で目を凝らすと、

あの男の指先を、あの男の瞳を、あの男の悪意を、あの男の憎悪を思い出してしまって
夜ひとりで眠るのが怖くなってしまった

眠るために様々な方法を試してもみたが、全くだめで___
最近ではすっかり夜眠ることを諦めていた




「ラベンダーティなんていかがでしょう?
「よく眠れますよ」




「・・・・っ!

「その名前を言うなっ!!」





「申し訳ありませんでした」


名前を聞いただけで身の毛がよだつ
あの男を思い出させるものはなにひとつ俺の日常から排除しておきたかった

・・・・あの男が俺に植え付けた恐怖は、それほどまでに凄まじいものだった・・・・


「ハーブティなんて嫌いだ!そんなものいらない!
「とにかく・・・そっとしておいてくれ・・・・っ!そのうち睡眠薬でももらってくるから・・・・・!」




「・・・・」





「環境がよくないのかもしれませんね」

「は?」




「眠る2時間くらい前から部屋を暗くしていると
「脳によけいな刺激が入らないので効果的ですよ。電気を消しましょう」

そう言うとアイリスは突然電気のスイッチをオフにした


「ちょっ・・・あんた・・・・・っ」




「な、何してんだよ・・・・!勝手に!」

「ああ、突然すみません。ですが、これも安眠のためなので
「さて、寝室の環境も整えた方がいいですね。」

「お、おいっ・・・!」

突然の行動に戸惑う俺を無視して
アイリスはすたすたと二階への階段を上っていってしまう




「・・・枕を変えた方がいいですね。
「この枕では・・・頭部にフィットせず安眠が望めません

「キャビネットに替えの枕がありましたので、それをお持ちします」


アイリスは勝手にキャビネットを漁って枕を用意すると
これまた勝手に寝具を整えはじめた




「おいっ・・・!やめろって言ってんだろ!!
「勝手なことするんじゃねぇ!!」

あまりにも図々しい行動に腹が立った俺は
枕を整えるアイリスの袖をつかんでこちらを向かせると、思い切り睨みつけてやる

「誰がそんなこと頼んだ!?俺はこんなの望んでねぇんだよっ!!」

「あんたは俺の命令に従ってればいいんだ!
「余計なことは考えなくていいんだよ!!」


「余計なことなんかじゃありません」




「陛下のためですので」














「俺のため」だなんて

あんた、何言ってんだ?


人間が純粋に他人のために行動できるわけねぇだろ

他人のためだとかほざく野郎は
「ヒトのために何かをした」という称号がほしいだけだ
それに伴う賛辞と報酬と優越がほしいだけだ

結局は自分のためだろ


俺は「誰かのため」だとか、そういう言葉が一番嫌いなんだよ!


ムカつく・・・・・っ!






「なんだ・・・・・あんた、俺のためにしてくれてんの?

「じゃあ・・・・俺のために_____」




「ヤらせろよ」

そう言うと、俺はベッドにしなだれかかり、
誘うように唇を舐めた


「電気を消す?枕を変える?そんなん、全然効果ねぇんだよ

「よく寝るためには運動していっぱい汗かいて、出すもん出すのが一番効果あるに決まってんだろ
「てか、あんただってホントはよく知ってんじゃねぇの?

「知らないなんて言わせねぇぜ」





「来いよ。安眠させてくれんだろう?

「俺のためにさァ」


ほら、俺のためなんだろう?

差し出せよ あんたの躰、あんたの全部

その綺麗で整ったツラ、引っ掻きまわして
ドッロドロの中身、見てやるよ


あんたはそれを望んでいるはずなのだから





「・・・・・」








「っ・・・・」





アイリスはすっと腕を伸ばすと
俺を背中から抱きしめた

___布越しに伝わる肌の熱さにドキリとする


今まで散々誘っても拒否されていたのに・・・・

やはり「俺のため」という言葉が効いたのだろうか
これ以上意地を張っていてもしょうがないと思ったのだろうか

それとも諦観か?
やっと俺に身を任せようという気になったとでも?

まあ、理由はなんでもいい
気持ちよくなれればそれでいいのだから


しかし___こう後ろから掻き抱かれては、奴隷の肌に触ることすら叶わない


「おい・・・腕の力を緩めろ。これじゃ何もできないだろ」


「嫌です」

「は・・・・・?」




「今日はこのまま、俺が添い寝をしてさしあげます」


「はぁ!?添い寝だと・・・・!?あんた、何言って・・・・・」

「そのまんまの意味です。朝までこうやって抱きしめていてさしあげますよ。
「こうしていれば、陛下もきっとぐっすり眠れるはずです」

「バッカじゃねぇの!?そんなん意味ねぇに決まってんだろ・・・!」


「そうでしょうか?俺はこの方法が一番安眠効果があると思いますよ」




「陛下・・・・」


そう言うとアイリスは腕にぐっと力をこめて俺を抱きしめ直した
突然の圧迫感に息がつまる


「ん・・・・・苦しいっ・・・・・・・」


苦しさのあまり腕の中から抜け出そうともがくが
全体重が掛けられているのだろうか、鋼のようにびくともしない




「やめろっ・・・・ふざけんなよ!馬鹿にしやがってっ・・・・・!」

「馬鹿にしてなんかいません。俺はいつも本気ですよ
「あまり俺のことが気になるようでしたら、抱き枕だとでも思ってください」

「思えるかよ・・・っ!」

「添い寝はお嫌ですか?」

「嫌とかそういう問題じゃねぇだろ!!
「あんた・・・・やっぱり俺のこと馬鹿にしてんだろ!!」

「そんなことはありません」




「こうしたいから、こうしているのです」


「それに・・・・陛下は言ったじゃないですか、俺のことを一生襤褸雑巾のように扱ってくれると
「それって一生そばにいろという意味ですよね?」




「・・・・!そんなんじゃねぇ!!勝手に歪んだ解釈をするな!!」


どうしてそういう意味になってしまうのだろう
そんなつもりで言ったわけじゃないのに・・・・!

俺の言葉を強引に捻じ曲げてインプットしてしまったようなあいつの言い分に腹が立つ

もともとアイリスには、どこか強引なところがあると思っていたが


まさかこれほどまでとは・・・・・


「だって、そういう意味じゃないですか」

「違う!!」





「違いません」

「・・・・・っ」


アイリスはまたぎゅっと腕の戒めを強め、俺を捕える
腕の力が強まるたびにアイリスの匂いも、強く香ってきて___戸惑う


「くそ・・・!やめろ・・・・っ!この、家畜が・・・・!」

「抱き枕ですよ」


なにが抱き枕だ!ふざけやがって・・・・!

吐息が耳をくすぐる感触が憎たらしくて腹立たしい
熱い体温と熱い肉体が間近にあるのを、どうしても意識せざるを得ないじゃないか

こんな風に抱きすくめられてしまっていては
絶対に眠ることなんてできないのに




だけど____

あたたかい



二人でベッドに横なること イコールセックスだった俺にとって
こんな風に 何もせず抱きしめられることは・・・・ほとんどなかった

そりゃ、コトが終わったら抱き合って眠るが___

セックスが終わってしまえば、
相手のことなんてどうでもよくなってしまう。

だから、そのあとに抱きしめるのも抱きしめられるのも
どこか空虚に思えて・・・・あまり好きじゃなかった


なのに






俺はいま、黙ってただ___抱きしめられている




時折戒めが解かれ、大きな手のひらが俺の髪や肩を撫でる

その感触が、とても懐かしくて、心地いい

こんな腕なんて、跳ね除けなければならないと思うのに、


どうしても抗いがたくて。

心地よくて





思わず目を閉じてしまう





「安心してください

「ちゃんと眠れるように、ずっとこうしていてあげますよ。そばにいますよ


「陛下・・・・・」




そうやって、大きな手のひらがまた俺の髪を撫でた

その手のひらが
その声が


とても、安心した


















抱きしめられた記憶なんてほとんどなかった。

本当は、それだけで満たされたのに。
抱きしめてたった一言「愛している」と言ってくれればそれでよかったのに

幼い俺はそれを伝えるすべを持たず、

誰にも甘えることができなかった


でも、そうだ

俺は、一度だけ添い寝してもらったことがあった



夜が怖くて、さみしくて、どうしても眠れなくて
ベランダで泣いていた俺を、メイドが見つけてくれたんだ___

彼女は、俺の涙をやさしく拭いてくれて、添い寝しながら本を読んでくれた

どんな物語だったかは全く覚えていなかったけれど、
メイドの手のひらのあたたかさだけは覚えている

とても優しくて、うれしかったから



























誰かが俺の髪を撫でてくれている
誰かが俺のことをしっかりと抱きしめてくれている

それだけで、胸の奥にじんわりと嬉しさが広がる


まるで産湯につつまれているかのような

あたたかで
やさしいまどろみ




誰なのだろう

こんなにも優しく俺を撫でるのは
こんなにも愛おしげに俺を抱きしめるのは



「ん・・・・・・」




「おはようございます。陛下」






「な・・・・っ!テメェ・・・・・・!!」





「俺に・・・・!触るなっ!!!」


抱きしめているのがアイリスだと認識するや否や
俺はほとんど反射的に____強烈な蹴りをお見舞いしていた




「いてて」


「イテテじゃねぇよ!!テメェ・・・・!なにやって・・・・・!」

「添い寝ですよ。覚えてませんか?俺は昨夜からずっと添い寝していたんですよ」

「な・・・・・!テメェ・・・・!ふざけんなよ!!
「俺はそんなこと、頼んでない!」

「眠れたのだからいいじゃないですか」

「よくない!!くそ!!
「ガキ扱いしやがって・・・・っ!!」

「いいじゃないですか」

「あぁ!?」




「ガキでもなんでもいいじゃないですか。それで」

「陛下は陛下なのですから」




「・・・・っ はぁ・・・・・?

「な、なんだよそれ・・・・・」




「とにかく、よく眠れたようで安心しました。
「また添い寝してさしあげますね」


「・・・・っ いらねぇ!どっかいけっ!!!」

「はい。それでは朝食の準備に戻ります」

「いらねぇっつってんだろ!!死ね!!滓!!」










「くそっ・・・・・!」


羞恥心と悔しさで頬が熱くなる
腹が立ってしょうがなかった

またしてもあいつの腕の中で眠ってしまったのだ
しかも昨日はあんな・・・・・子ども扱いしやがって・・・・!

アイリスの、まるでいつもどおりな態度にも腹が立つ
こっちはこんなに取り乱しているというのに・・・・!

悔しさから思わず頭を抱え、髪を撫でつけると


___昨夜、あいつに抱かれ、髪を撫でられていた感触を思い出してしまい・・・・

更に腹が立った





くそっ・・・・!

このままで済ますものか・・・・!







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